酒々井宿のはずれの東に「しがらき」という茶店がある。この茶店は煎茶だけを旅客に振る舞う商いをしている。江戸から佐原までの間で、快く煎茶をいただけるのは「しがらき」という茶店だけである。よそにも茶店はあるが、ありふれた宇治茶ばかりを出している。
煎茶を飲んだ後、同行の友人と煎茶の話を始めると、亭主は嬉しそうに二種類の煎茶を振舞ってくれた。そこで私も携帯のコンロを出し、違う二種類の煎茶を入れて、互い違いに味わうこととなった。
亭主に尋ねてみると「煎茶好きが高じて茶店をしている」とのことだった。さらに茶を勧められたが、今日は朝から小雨が降り、成田村までは二里あまりあるので、帰りにまた寄ることにして「しがらき」を後にしました。
さきほど亭主に煎茶はどこから買い求めるのかと聞いたところ「日本橋二丁目の山本嘉兵衛(山本山)の店に注文をしている」と言っていました。
成田から滑川観音を巡礼した帰りに「しがらき」に寄り、二、三種の煎茶をすすりながら楽しい時間を過ごした。片田舎の街道のすばらしい茶屋といえば「しがらき」に限るといえよう。辺鄙[へんぴ]な場所といって侮[あなど]ってはいけません。
『遊歴雑記[ゆうれきざっき]』
食通を感心させた片田舎
文化・文政期のころ、隠居の僧で食通の十方庵大浄敬順[じっぽうあんだいじょうけいじゅん]は携帯コンロと煎茶道具を携え、江戸内外の名所旧跡を訪ね歩き、その見聞を『遊歴雑記』に記し残しました。
この本の中で十方庵は、江戸でも大名や大きな商人しか飲めない高級なお茶を片田舎の酒々井宿で味わうことになり、その始終を書き残しています。
となりの中川で名物のうなぎを食べたときは、江戸に及ばずと書いています。